ミクニヤナイハラプロジェクト『曖昧な犬』 (@吉祥寺シアター、観劇日:2018年3月24日18時の回)

 なにかに触れようとする姿は、祈りの姿に似ている。

 閉ざされた部屋に閉じ込められた三人の男たち。鍵はあるのに扉は開かず、窓はあるのに高すぎて手が届かない。舞台の四隅には監視カメラが不気味にそそり立ち、彼らの姿を映しとる。なぜ部屋に閉じ込められたのか?なぜここにいるのか?男たちは知り合いなのか赤の他人なのか?生きているのか死んでいるのか?そもそも自分は誰なのか?・・・・・・すべてが曖昧なまま男たちは閉ざされた部屋から必死に脱け出そうと部屋のなかで走り回り、叫び、手を伸ばしつづける。たとえそれが無駄なことだとわかっていたとしても。

 彼らの姿は権力や暴力などによって抑圧され、どこにも声を届けることができない者たちの姿とだぶってくる。自分の声が誰かに届くなどとても信じられないような状況のなかでも、それでもなお言葉を発し続けること(ちょうどシリアの東グータで姉妹の子どもがツイッターで声を発信しつづけたように)。それはここではないどこかへ必死に触れようとすることだ。

 「窓は叫びのためにあり 叫びは窓からしか聴えてこない」。田村隆一は「幻を見る人」という詩の中でこのように書いた。この詩は次のようにつづく。「どうしてそうなのかわたしには分らない/ただどうしてそうなのかをわたしは感じる」(『現代詩文庫1 田村隆一詩集』、思潮社、1968年、8頁、「/」は改行を示す)。

 なぜ彼らは部屋に閉じ込められたのか、なぜ彼らは声を嗄らしてまで叫びつづけるのか―「どうしてそうなのか」という理屈はここでは重要ではない。「ただどうしてそうなのかをわたしは感じる」―つまり、どうしようもなくそうしなければ(そうでなければ)ならない、ということを感じようとする、声なき声に耳を傾けようとする態度こそが、ここでは重要だ。でなければ、壁を隔てたむこう側の叫びや、地球の反対側で上げられている叫びを聴き取ることは決してできない。

 また、田村は「Nu」という詩で次のようにも書いている。「窓のない部屋があるように/心の世界には部屋のない窓がある」(『現代詩文庫1 田村隆一詩集』、10頁)。男たちが閉ざされていた部屋も、「部屋のない窓」といえるかもしれない。実際、舞台のラストは部屋(壁)などはじめからなかったかのように三人で外に出てコンビニへ出かけるというシーンでおわる。彼らは物理的な部屋に閉じ込められていたというより、「心の世界」にある「部屋のない窓」に閉じ込められていた、あるいは自ら閉ざしていたのではないか?

 窓というのはみるものの視点によって外側にも内側にもなる。劇中、彼らは監視カメラに向かって監視されているのは自分たちなのではなく、逆に自分たちの方がカメラのむこう側の人間を監視しているんだ、というようなことを言う。窓一枚、カメラ一つ隔てただけで外側と内側が容易に反転しうる世界。彼らの記憶も曖昧だったが、自分の立っている立場だったり、自分を支えていると信じている基盤だったりもまた、実はとても曖昧として不安定なものでしかない。「沢山の経験をしてきたのに、自分が本当は何を経験したのかなんて、実はよく分かっていない」という台詞は、この不安を端的にあらわしているように思える。劇中、この三人の男たちは実は同一人物(三人ではなく実は一人だけ)なのではないかと思った瞬間があったが、それはおそらくこの「自分」というものの存在理由の曖昧さによるのだろう。

 けっきょく、この舞台上ではっきりとたしかだと思えるものは、彼らの叫びだけしかない。叫びとは全力でなにかに触れようとする姿のあらわれだ。剥き出しの身体が剥き出しの言葉を吐き出す。その言葉は意味を成さないかもしれないが、しかしその言葉はもはや祈りの領域に近い。そして手を伸ばすという行為は、人を生かし、自分を生かす行為だ。たとえすでにたくさんの人間にべたべたと触れられてしまったものであっても、それでもなお触れることができるものには触れようとすることをやめてはならない、といった台詞が劇中にあったが、それはたとえ絶望的な状況にあってもなお生きることをやめては決してならないということだ。奇しくも大崎清夏の詩集『新しい住みか』のなかに、次のような一節がある。「部屋はまだ絶望していません/出ていくことができるはずです/いい窓がありますから」(「テロリストたち」、『新しい住みか』、青土社、2018年、25頁)。舞台のラストに何事もなかったかのように三人でコンビニへむかい、街の喧騒のなかに消えていく男たちの姿は、とてもささいな日常のようにみえて、もしかしたらかけがえのない奇跡なのかもしれない。

 

 

ミクニヤナイハラプロジェクトvol. 11『曖昧な犬』

作・演出:矢内原美邦吉祥寺シアター/2018年3月22日~25日

公演情報:

+++曖昧な犬+++